
「ヴィディ、あれ!」
言われて赤い瞳の少年は振り向いた。そして事も無げに言った。
「うん、分かってる。 また消えたんだよね、人」
「突き当たりの空き地で何か光ったんだ、どこにでもあるんだな……!」
驚いた様子の友人に、ヴィディ・ハーラスは笑いかけた。 できるだけ速く何とかするよ、と言いながら。 柔和な笑みには弱々しさと、それ以上の固い意志が共存していた。
「……そうか。 お前、あれが見つかったら行かなくちゃいけないのか……頑張れよ」
頷き、手を振って友人と別れた。 ヴィディは、すぐに空き地へ向かわなければならなかった。
ヴィディは十一歳の少年であるが、別の顔を持っていた。 彼は子供でありながら、重要な仕事についている。 それこそが彼のもう一つの顔であり、行動を束縛するものでもあった。 友人とまだ楽しく遊んでいたかったが、『その現象』を目撃しては、遊んでいるわけにはいかない。
「ごめんなさい。そこ、空けて欲しいんです」
あまり気の強くない彼には、空き地でできる遠巻きの人だかりに割り込むのは難しかった。 声をかけても聞こえるはずもなく、途方にくれる。
仕方なく、彼はそのまま『仕事』を始めた。 それは近くの石や棒切れを、人だかりの中心にいくつか投げ込んでゆく、といったものだった。 傍目には一瞬、ふてくされている様に映るだろうか。 とりとめもない行動に見えるかもしれない。 投げ込まれて落ちた物が円形に並び、中心に向かって距離が詰められていることを除いては。
ある中年の男は、後ろからいくつも物を投げられていることに気づいた。
男が振り返ろうとした、正にその時――。
「わぁっ! な、なんだ!?」
光の柱が一瞬で空を突いた。 濁った高音が、耳障りに響き、光から少し遅れて収まった。 落ちた石の一つが、光と共に消滅したのである。 どよめきが起こった。
人が後ずさって空いた、わずかな隙間から人だかりの中心に飛び込むヴィディ。 石が消えた場所を、棒切れで線を引いて丸く囲む。 周囲の大人が叫んだ。
「危ないわよ! 近づいちゃダメ!」
ヴィディは勿論、静止など聞いていなかった。 懐からスコップを出し、地面の円の通りに慎重に溝を掘り始めた。 慎重に、地面に垂直に突き立てて。
「――まさか、こんな子供が」
「いや、そんな訳が! ……しかし聞いたことがある」
大人達の声など存在しないかのように、彼は作業を続けていく。 一周すると、辺りの消えなかった石をかき集め、円の中に上から落とし始めた。
その行動は他愛もない遊びの様でもあったが、彼の動きに迷いはなかった。 そして一点だけ石の消える場所を見つけると、
「上向きだ…」
と妙なことを呟いて少しだけ安堵する。 周囲はいつのまにか静かになっていた。
やがてヴィディは溝にスコップを斜めにさした。
円の周りから掘り進めていくと、ある時円形の地面は傾いた。 円形の地面の下は掘られたために御椀型の土の塊となっていて、両手で力を入れると持ち上がった。
「ちょっとそこ、空けて下さい……!」
ヴィディは人だかりを抜けて少し走ると、適当な壁にその塊を思い切り叩き付けた。 土塊は砕けて落ち、そこから転がり出たのは金属の物体だった。
ヴィディの顔に、ようやく気の弱そうな笑顔が戻った。
「……間違いない、この子だ」
そっと物体を拾い上げるヴィディを見て、男の一人が言った。
「この子があの最年少の――」
「異界捜査官。……です。 ご協力ありがとうございました」
振り向きざまに答えたヴィディは、人だかりに頭を下げるとその場を去り、やがて小走りでどこかへ向かった。
これこそが彼のもう一つの顔であるが、その『仕事』は終わりではないらしい。
同時刻、街の図書館。 そこにいる二人の若者の視線は、たった今窓の外から外れた。
「光らなくなったな、全く」
「ああ。 あれは……どの辺りだった?」
「この通りの遥か向こう……あれは突き当たりだな。 まあ、あの感じだともう大丈夫そうだな! シュレ、さっきの所もう一度説明してくれよ」
シュレと呼ばれた青年は、首を横に振って本を閉じた。 まとめた長い髪がさらさらと流れた。 髪の光沢はかすかに蒼い。 その自然な人体にはない色彩は、それでいて彼によく馴染んでいた。 それだけに、見る者に一瞬遅れで小さな疑問を抱かせる。
「まさか、まだ救出には至っていないだろう。 課題の続きは後、行こう、クレス」
若草色の髪をしたクレスは目を丸くしてから、そうか、と言いながら立ち上がった。 こちらはといえば、更に人間離れしたその色合いが動くだけで人の目を引く。 金の瞳と相まって、ますますヒトではない様に感じられるのだ。
「どうせ連絡来るんだから、もう少しいたっていいのに」
「だから外に出るのだと言っている。 ここで音が鳴ったら迷惑になるから」
図書館の外へ二人が一歩出たとき、丁度二重のノイズ音がした。 鞄から出された、音を発する鉄の四角い物体には、小さな窓といくつかのスイッチ、そしてダイヤル。 窓は文字を表示した。
“Vidy Herlus:とにかくみんな戻ってください”。 二人は歩き出した。
「明後日までの課題終わらねぇな、この分だと」
クレスは頭をかきむしり、やがて重い溜息をついた。
「その分量なら終わる、心配ないよ」
「そりゃ、お前なら終わるだろうさ。 ああ時間がない、頭がない、文章力がない、やる気もない。 誰かさんの丸写しとか、できたら楽なのに……」
「……成る程。 やる気がないと言い張るなら終わらないかもな」
小さく笑ったシュレは、薄い帳面を出して渡した。 クレスが開くと、記録されている最後のページには文字がびっしりと並んでいた。
「うへえ……本当にまとめまで終わっていたのか」
「昨日一日で書いて見直しが済んでいないから、自信はないけれども。 ああ、それを写すんじゃないぞ。 お前とは文体が違うから、写したの丸分かりになる」
唖然として、口を開け、目が点になっているクレス。 シュレは帳面を一ページ前にめくった。 ページの三分の一程を埋める箇条書きの下に、やや大きな文字で結論が書かれている。
「こっち? ……まとめるのか? これを? 考察入れて?」
シュレは微笑したまま頷き、二秒ほど間をおいてクレスはもう一度頭をかきむしった。 大きく途方もない課題を持ったかのように頭を抱え始めた彼は、歩いていた足すら止めてしまった。
「やる前から疲れた顔をするんじゃない。 要点まとめるだけで全体の八割程労力いるんだから」
クレスに足を止めないように促しながら、シュレは少し急ぎ足になった。
――連絡が来た以上、うだうだと立ち止まっているわけにはいかない。 ヴィディから送られてきた文章は、少なくとも能天気な事態を指してはいない。恐らくは、図書館の窓から見えた光の――。
彼らもまた、『仕事』に関わっている人間である。
木造の小屋の中。 ふいに呼び鈴の音がした。
「はぁい、ただいま」
蜂蜜色の二つの三つ編みが揺れる。 溌剌とした声で返事をし、少女は玄関へと駆けていった。
「いらっしゃ……ああ、クレスもシュレもやっと来たのね!」
「やっと? もう後は揃ってんのか、テセニア?」
「肝心のヴィディがまだ。 フェアは向こうで文献読んでるわ……結構待ったのよ?」
テセニアは不機嫌そうな声を発したが、顔は笑っていた。
「申し訳ない。 ここから図書館は少し遠いからな」
シュレはそれに、やはり笑いながら答えた。
屋内に入ると、黒髪の娘が文献に読み耽っていた。 腰まで伸びる漆黒の髪は黒いショールに覆い被さり、やや血色の悪い肌にかかる。 組み替えた脚を包むロングスカートでさえ烏の濡れ羽色だった。
少しした後、文献をテーブルにおいて彼女はようやく顔を上げた。
「……あれ、当の本人が戻らない訳ですか。 まあいいですけど。 今新たに分かったこともありますし」
そう言うフェアの瞳―灰色が輝いて銀に見える―には不思議な光が宿っていた。 彼女は薄い唇の端をかすかに上げた。
「え、何が書いてあったの?」
「少し長くなるので、仕事が終わったら話しますよ。 やれやれ、一昨日集めてきた文献もあっさり読破してしまった。 彼はどこをほっつき歩いているのでしょうね」
フェアが表情一つ変えず溜息をつくと、不意に玄関の扉が開く音が聞こえる。 一瞬の間の後駆け込んでくる足音が騒々しく響いた。
「ごめんなさい! 正直こんなに集まり早いとは思ってなかったんだ」
「当たり前ですよ、私とテセニアは元からここにいたのですから」
荒い息をついて、くたびれた顔で席に着くヴィディ。
「とりあえず、これで揃ったんだよな」
「ええ。 ヴィディ、本題に入って下さい。 早い所『会議』を始める必要があります」
フェアがそう宣言すると、ヴィディは持っていた袋を漁った。 布の包みを開き、そこから土の少し付いている金属の『物体』を出した。
ヴィディは間をおいて話を切り出す。
「……分かっているとは思うけど。 これが四十分程前の、蒸発事件の根源だよ」
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