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■プロローグ

「ヴィディ、あれ!」
 言われて赤い瞳の少年は振り向いた。そして事も無げに言った。
「うん、分かってる。 また消えたんだよね、人」
「突き当たりの空き地で何か光ったんだ、どこにでもあるんだな……!」
 驚いた様子の友人に、ヴィディ・ハーラスは笑いかけた。 できるだけ速く何とかするよ、と言いながら。 柔和な笑みには弱々しさと、それ以上の固い意志が共存していた。
「……そうか。 お前、あれが見つかったら行かなくちゃいけないのか……頑張れよ」
 頷き、手を振って友人と別れた。 ヴィディは、すぐに空き地へ向かわなければならなかった。

 ヴィディは十一歳の少年であるが、別の顔を持っていた。 彼は子供でありながら、重要な仕事についている。 それこそが彼のもう一つの顔であり、行動を束縛するものでもあった。 友人とまだ楽しく遊んでいたかったが、『その現象』を目撃しては、遊んでいるわけにはいかない。
「ごめんなさい。そこ、空けて欲しいんです」
 あまり気の強くない彼には、空き地でできる遠巻きの人だかりに割り込むのは難しかった。 声をかけても聞こえるはずもなく、途方にくれる。
 仕方なく、彼はそのまま『仕事』を始めた。 それは近くの石や棒切れを、人だかりの中心にいくつか投げ込んでゆく、といったものだった。 傍目には一瞬、ふてくされている様に映るだろうか。 とりとめもない行動に見えるかもしれない。 投げ込まれて落ちた物が円形に並び、中心に向かって距離が詰められていることを除いては。
 ある中年の男は、後ろからいくつも物を投げられていることに気づいた。
 男が振り返ろうとした、正にその時――。
「わぁっ! な、なんだ!?」
 光の柱が一瞬で空を突いた。 濁った高音が、耳障りに響き、光から少し遅れて収まった。 落ちた石の一つが、光と共に消滅したのである。 どよめきが起こった。
 人が後ずさって空いた、わずかな隙間から人だかりの中心に飛び込むヴィディ。 石が消えた場所を、棒切れで線を引いて丸く囲む。 周囲の大人が叫んだ。
「危ないわよ! 近づいちゃダメ!」
 ヴィディは勿論、静止など聞いていなかった。 懐からスコップを出し、地面の円の通りに慎重に溝を掘り始めた。 慎重に、地面に垂直に突き立てて。
「――まさか、こんな子供が」
「いや、そんな訳が! ……しかし聞いたことがある」
 大人達の声など存在しないかのように、彼は作業を続けていく。 一周すると、辺りの消えなかった石をかき集め、円の中に上から落とし始めた。
 その行動は他愛もない遊びの様でもあったが、彼の動きに迷いはなかった。 そして一点だけ石の消える場所を見つけると、
「上向きだ…」
と妙なことを呟いて少しだけ安堵する。 周囲はいつのまにか静かになっていた。
 やがてヴィディは溝にスコップを斜めにさした。
 円の周りから掘り進めていくと、ある時円形の地面は傾いた。 円形の地面の下は掘られたために御椀型の土の塊となっていて、両手で力を入れると持ち上がった。
「ちょっとそこ、空けて下さい……!」
 ヴィディは人だかりを抜けて少し走ると、適当な壁にその塊を思い切り叩き付けた。 土塊は砕けて落ち、そこから転がり出たのは金属の物体だった。
 ヴィディの顔に、ようやく気の弱そうな笑顔が戻った。
「……間違いない、この子だ」
 そっと物体を拾い上げるヴィディを見て、男の一人が言った。
「この子があの最年少の――」
「異界捜査官。……です。 ご協力ありがとうございました」
 振り向きざまに答えたヴィディは、人だかりに頭を下げるとその場を去り、やがて小走りでどこかへ向かった。  これこそが彼のもう一つの顔であるが、その『仕事』は終わりではないらしい。

 同時刻、街の図書館。 そこにいる二人の若者の視線は、たった今窓の外から外れた。
「光らなくなったな、全く」
「ああ。 あれは……どの辺りだった?」
「この通りの遥か向こう……あれは突き当たりだな。 まあ、あの感じだともう大丈夫そうだな! シュレ、さっきの所もう一度説明してくれよ」
 シュレと呼ばれた青年は、首を横に振って本を閉じた。 まとめた長い髪がさらさらと流れた。 髪の光沢はかすかに蒼い。 その自然な人体にはない色彩は、それでいて彼によく馴染んでいた。 それだけに、見る者に一瞬遅れで小さな疑問を抱かせる。
「まさか、まだ救出には至っていないだろう。 課題の続きは後、行こう、クレス」
 若草色の髪をしたクレスは目を丸くしてから、そうか、と言いながら立ち上がった。 こちらはといえば、更に人間離れしたその色合いが動くだけで人の目を引く。 金の瞳と相まって、ますますヒトではない様に感じられるのだ。
「どうせ連絡来るんだから、もう少しいたっていいのに」
「だから外に出るのだと言っている。 ここで音が鳴ったら迷惑になるから」
 図書館の外へ二人が一歩出たとき、丁度二重のノイズ音がした。 鞄から出された、音を発する鉄の四角い物体には、小さな窓といくつかのスイッチ、そしてダイヤル。 窓は文字を表示した。
 “Vidy Herlus:とにかくみんな戻ってください”。 二人は歩き出した。

「明後日までの課題終わらねぇな、この分だと」
 クレスは頭をかきむしり、やがて重い溜息をついた。
「その分量なら終わる、心配ないよ」
「そりゃ、お前なら終わるだろうさ。 ああ時間がない、頭がない、文章力がない、やる気もない。 誰かさんの丸写しとか、できたら楽なのに……」
「……成る程。 やる気がないと言い張るなら終わらないかもな」
 小さく笑ったシュレは、薄い帳面を出して渡した。 クレスが開くと、記録されている最後のページには文字がびっしりと並んでいた。
「うへえ……本当にまとめまで終わっていたのか」
「昨日一日で書いて見直しが済んでいないから、自信はないけれども。 ああ、それを写すんじゃないぞ。 お前とは文体が違うから、写したの丸分かりになる」
 唖然として、口を開け、目が点になっているクレス。 シュレは帳面を一ページ前にめくった。 ページの三分の一程を埋める箇条書きの下に、やや大きな文字で結論が書かれている。
「こっち? ……まとめるのか? これを? 考察入れて?」
 シュレは微笑したまま頷き、二秒ほど間をおいてクレスはもう一度頭をかきむしった。 大きく途方もない課題を持ったかのように頭を抱え始めた彼は、歩いていた足すら止めてしまった。
「やる前から疲れた顔をするんじゃない。 要点まとめるだけで全体の八割程労力いるんだから」
 クレスに足を止めないように促しながら、シュレは少し急ぎ足になった。
 ――連絡が来た以上、うだうだと立ち止まっているわけにはいかない。 ヴィディから送られてきた文章は、少なくとも能天気な事態を指してはいない。恐らくは、図書館の窓から見えた光の――。
 彼らもまた、『仕事』に関わっている人間である。

 木造の小屋の中。 ふいに呼び鈴の音がした。
「はぁい、ただいま」
蜂蜜色の二つの三つ編みが揺れる。 溌剌とした声で返事をし、少女は玄関へと駆けていった。
「いらっしゃ……ああ、クレスもシュレもやっと来たのね!」
「やっと? もう後は揃ってんのか、テセニア?」
「肝心のヴィディがまだ。 フェアは向こうで文献読んでるわ……結構待ったのよ?」
 テセニアは不機嫌そうな声を発したが、顔は笑っていた。
「申し訳ない。 ここから図書館は少し遠いからな」
 シュレはそれに、やはり笑いながら答えた。

 屋内に入ると、黒髪の娘が文献に読み耽っていた。 腰まで伸びる漆黒の髪は黒いショールに覆い被さり、やや血色の悪い肌にかかる。 組み替えた脚を包むロングスカートでさえ烏の濡れ羽色だった。
 少しした後、文献をテーブルにおいて彼女はようやく顔を上げた。
「……あれ、当の本人が戻らない訳ですか。 まあいいですけど。 今新たに分かったこともありますし」
 そう言うフェアの瞳―灰色が輝いて銀に見える―には不思議な光が宿っていた。 彼女は薄い唇の端をかすかに上げた。
「え、何が書いてあったの?」
「少し長くなるので、仕事が終わったら話しますよ。 やれやれ、一昨日集めてきた文献もあっさり読破してしまった。 彼はどこをほっつき歩いているのでしょうね」
 フェアが表情一つ変えず溜息をつくと、不意に玄関の扉が開く音が聞こえる。 一瞬の間の後駆け込んでくる足音が騒々しく響いた。
「ごめんなさい! 正直こんなに集まり早いとは思ってなかったんだ」
「当たり前ですよ、私とテセニアは元からここにいたのですから」
 荒い息をついて、くたびれた顔で席に着くヴィディ。
「とりあえず、これで揃ったんだよな」
「ええ。 ヴィディ、本題に入って下さい。 早い所『会議』を始める必要があります」
 フェアがそう宣言すると、ヴィディは持っていた袋を漁った。 布の包みを開き、そこから土の少し付いている金属の『物体』を出した。
 ヴィディは間をおいて話を切り出す。
「……分かっているとは思うけど。 これが四十分程前の、蒸発事件の根源だよ」

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